百名山 丹沢山から蛭ヶ岳  2009年10月28日

『日本百名山 深田久弥著より』

 私が百名山の一つに丹沢山を取り上げたのは、個々の峰ではなく、全体としての立派さからである。丹沢山塊という名称は、たぶん、高頭食の『日本山岳志』から始まったのだろうと思うが、ただ表尾根を歩くだけでなく、その奥深く入れば、山の規模は大きく複雑で、容易にその全貌はつかめない。

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 宮が瀬ダムからヤビツ峠への狭い道を走って行くこと約6キロ。塩水橋にある林道脇に6時半到着した。
 車は10台ほども止められそうな少し広い道となっていた。
 しばらくすると車が何台か止まり、数組の登山者が歩き出していった。
 6時45分に林道のゲートをくぐって歩き出していく。
 3〜4分も歩くと新しく立派な橋が現れてきた。この橋を渡って更に上へと歩いていく。
 塩水川の爽やかなせせらぎの音を聞きながら登っていくが、夏の時期はヤマメ等の川魚を求めて多くの釣り人が沢に登ってくるようです。
 地図では気づかなかったが、堂平まではこのような林道が続いていたので、非常に歩きやすく、少し得した気分であった。
 7時50分、堂平にある国土交通省の雨量観測所に到着した。
 始めて来たので、この観測所を見ながら更に林道を登って行こうとして、丹沢山への登山口を危うく通りすぎるところでした。
 この観測所の真後ろが(振り向くと)この丹沢山の登山口となっていたのだが、写真を撮りながら少し登り始めていたので気づかなかった。この登山口の少し登ったところに数人の登山者が話をしながら登っていたので、振り返ると登山口の看板があった。話し声が聞こえなければ、更に無駄に林道を登りすぎたかもしれない。
 杉林の登山道は明るく、整備された道を50分ほど登っていく。
 杉林も終わり明るくなると、水の流れていない堰堤に出てきた。その堰堤を向かい側から登り始めるが、ここからはいよいよ本格的な登山道になり、「よいしょ」と気合いを入れながら登り始めること40分。天王寺尾根と堂平の分岐に出てきた。
 8時40分。天王寺尾根からいよいよ丹沢山への登りとなったが、晴天の中しばらくは紅葉を眺めながらの尾根歩きでした。 
 始めてのクサリ場を過ぎたところからの天王寺尾根の眺めです。
 9時15分。堂平と天王寺尾根分岐から35分かかって丹沢山に辿り着く、みやま山荘です。
 登ると3組ほどの登山者が休憩を取っていました。
 ザックを降ろしてのんびりとしようと思ったが、いままでの青空がうそのように雲が立ちこめ、薄ら寒くなってきました。
 
 丹沢山から不動の峰への登りです。膝までの笹がきれいで絵になる風景です。
 『奈良時代丹沢を開山した山岳仏教徒が修行の道場としたことから、御不動様を祭り仏教用語で不動の峰とつけられたと言われており、現在も御不動様が残っております』 
 鬼が岩の頭を下から見たところです。
 10時45分、丁度4時間かかりました。蛭ヶ岳山荘です。頂上は広く休憩用のベンチとテーブルがありました。
 蛭ヶ岳1673mです。
 やはりここも曇天でした。天気が良ければ素晴らしい展望が目の前に現れてくるのに残念でした。
 蛭ヶ岳山頂では、1時間ほど昼食休憩を取り、12時に戻ることにした。
 
 丹沢山に戻り天王寺尾根に入っていく。この登山道は普段あまり人が上り下りしていないようで、登山道がこのように落ち葉に埋もれて分からない。どこが道なのか・・・?非常に不安な下りであった。
 30〜40分ほど下って、やっとこのような標識が始めて出てきた。一安心するほど、本当に不安であった。もちろん誰一人会わなかった。
 上記の標識から下には、木に巻き付けた赤や白のテープが多くあった。もう少し上の方にあったら安心できたのに・・・。
 この鹿よけのゲートからは一本道で迷うことはなく一路本谷橋へ降りていく。
 14時35分本谷橋です。やっと降りて来ました。
 林道に降りて後を振り返ると、本谷橋から札掛へ抜ける吊り橋が秋の風景の中にたたずんでいました。
 後は、本谷川沿いに20分塩水橋ゲートまで下って行きました。
 15時、蛭ヶ岳から3時間かかりました。
 間違っても逆のコースは行きたくありませんでした。
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